城塞都市カルカソンヌ

Bonjour !
さて、今日は、誰もが惹きつけられそうな、古城を紹介します。
私は今から30年も前に、何も知らずに、同僚たちに連れてこられ、目の前に広がる城塞都市カルカソンヌを見た時は本当に只々驚いて眺めたのでした。この時代には、インターネットなどは存在していなかったし、古城と言っても星の数ほどある中で、何が立派で、どんな古城が魅力的かも分からず、ひたすら「フランスの古城めぐり」の言葉の響きの良さが心を動かし頑張ってフランス旅行を楽しんだのでした。
もちろん、この時代の日本ではカルカソンヌの存在が知られていなかったので、カルカソンヌの古城の写真すらも見たことがありませんでした。
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そんな私が初めて城塞都市カルカソンヌを見た時の感動の瞬間がどのようなものなのかを想像して見て下さい。
スケールの大きさにも、全体のバランスの良さにも、芸術的な構造の素晴らしさにも、驚きながら長い時間眺めたのでした。

城塞都市カルカソンヌは、フランス南西部の都市カルカソンヌのうち、城壁に囲まれた部分がユネスコ世界遺産としても登録されたのが今から十数年前です。世界遺産登録後は、フランス国内ではモン・サン=ミシェルに次ぐ年間来訪者数を誇る一大観光名所となっているそうです。

女領主カルカスの伝説
「女領主カルカス (Dame Carcas下記像) の伝説」は、カルカソンヌの名の由来を説明しています。
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サラセン人の占領下にあった頃、侵略しようとしたカール大帝は市門の前に陣を敷き攻囲戦を行なったのでした。この攻囲は5年を超えたのでしたが、この時、夫の大公亡き後、シテの騎士団を率いていたのが、公妃カルカスです。

攻囲が六年目に入ったとき、シテの内側では食料も水もなくなりかけていました。カルカスは、残っているものの一覧を作ろうとしたときに、市民は豚一頭と小麦の袋をもってきました。彼女はこれを見て一つの考えを実行しました。それは、豚に小麦を食わせて太らせた上で、塔から市外へと放り捨てたのでした。

これを見たカール大帝とその部下たちは、太った豚を惜しげもなく捨てるのだから、市内にはまだ十分な食料があるに違いないと考え、長期戦となっていた包囲戦を諦め撤退を決めたと言われています。カルカスはその勝利を祝福し、町中の鐘を鳴らさせたのでした。撤退中の大帝軍の一人はこう書き記しております。「カルカスが鐘を鳴らしている(=Carcas sonne ; カルカ・ソンヌ)」と。伝説では、これが市の名前の由来になったと言われているそうな。

いかがでしたか、カルカソンヌの古城の魅力!
フランセ塾スタッフKosakaによる書き込みでした。

Thème:art・芸術・美術 - Genre:Sience/Culture/Art

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フランス語講師のセルジュとそのスタッフが、日本のガイドブックに載っていないフランスのホットスポットや(フランス人にしか分からない)誰も教えてくれないフランス語会話のポイント、ほんとに美味しいフランスグルメ、日本では味わえないフランス生活での癒しと楽しさ、フランスの心が味わえるブルターニュ情報など興味津々のホット情報をお伝えします。

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